謙遜で損をしてしまう人の特徴

心を整える

大部分の日本の社会では「謙遜」こそが美徳であるとされています。

しかしその謙遜も度が過ぎていたり、卑屈に近いものですとあまり美しくはないようです。

幼いころから自分を抑えて他人を立てることを多くの人たちが教わってきたのですが、本当に正しい謙遜というものをきちんと理解している人は少ないように思います。(もちろん私も含まれます💦)

他者がいるから謙遜が生まれる

よくよく考えてみると他者がいることによって謙遜という行動や観念が生まれるのです。

私たちが自分以外の誰かと接する時、まず第一になにを考えるでしょうか。

それは接する人によって変わってくると思いますが、良くも悪くも謙遜に重きを置く人は、相手が強い人だと自分らしさをたちまち見失ってしまいます。

この人に自分らしさを見せると責められるのではないか…そんな風に感じてしまうのではないでしょうか。

しかし自分らしさを失った人は相手から見ると不自然であり、疑り深い人は「何か隠しているのか」と捉えてしまいます。

つまり自分らしさを表現できないことを「謙遜」としてしまうことは、他者にとっても自身にとってもあまり利になることはないようです。

「可愛いですね」と褒められた女性がいるとして、その女性が「いえいえそんなことはありません」と答えたとしましょう。

これは相手が「可愛い」と思っていたことを否定してしまった状態となり、相手にとっては自分の思いを打ち消されたような感覚になってしまいます。

言われた女性からしたら謙遜のつもりだったと思いますが、これは相手を否定してしまうあまりよくない謙遜の部類に入るのではないでしょうか。

可愛いと言われたり、何かを褒められたら素直にそれを受け取って感謝を述べることが大切だと感じます。

出来れば自身の謙遜という観念よりも相手との思いやりのある気持ちのよいコミュニケーションを優先すべきであり、それを意識できなければせっかく褒められたのにも関わらず会話がギクシャクし、挙句の果てには「私はコミュ障」という負の思いにとらわれてしまいます。

せっかく褒めた相手側も「私余計なこと言っちゃたかな…」と負のスパイラルになってしまいます。

これまで生きてきた中で私にも多くの経験があることでした。

とてももったいないことだったと思います。

劣等感から生まれる謙遜は危険である

上でも述べたようにせっかく「可愛いですね」と言ってもらえたのに、「そんなことはない」と言ってしまうのはどこから来るのでしょうか…

多くの人は心の中の劣等感がその言葉を生み出してしまったのではないでしょうか。

自分に自信がない劣等感は負のスパイラルを生み、決してよい方向に向かってくれません。

幼い頃の親との関係性、これまでの失敗や人間関係での傷…劣等感が生まれるのは様々な要因からです。

それらの傷を隠すために謙遜を生み出してしまうのは、負のエネルギーから生まれた謙遜であり決してよい働きをしません。

心の傷がまた対人関係での悩みを生むのですからなんともやるせない話です。

心の傷は辛い話になりますがどうにかこうにか自分で癒していくしかないのです。

そのために専門家と言われる人たちに頼るのもよいですし、優しい環境や伸びる環境に身を置くことが大切だと感じます。

自分の謙遜は相手にとってどんなものか

昔、鑑定にいらした方で「彼に自分気持ちを素直に言えない。だから彼の気持ちを教えてほしい」という方がいました。

彼女いわく彼にはどうも別の女性の影もみえているらしく不安で仕方ないようです。

タロットでみていくと彼は何も言わない彼女に不満があり、自分があまり頼りにされていないと感じているようでした。

その反動から別の女性を探しているようなことが見えてきました。

これを伝えるとその方は「私は自分の気持ちを素直に言えないので、彼がそれを分かってくれるのを待ちます」とのことでした。

彼女としては何も意見を言わず黙って男性の三歩後ろを歩くよき彼女のつもりかもしれないのですが、これは残念ながらよい謙遜とは言えないのです。

自分の表現能力の不足は彼女の問題なので、彼の気持ちに本当に寄り添うなら彼女自身が変えていくしかないのです。

男性側も意思決定などをすべて任されていては疲れますし、何より彼女が何かを隠しているようで心が落ち着かないのだと思います。

彼も彼女の強い謙遜に不満を抱え、彼女も残念ながらそれを変えようとはしていないのです。

長い春になってしまう予感がしました。

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